「地位」というもの

私がアメリカの大統領選を見て思うのは、「大統領という《地位》の偉い凄いがあまりにも宣伝され過ぎてないか」ということです。
西郷隆盛の
「己れ 其人に成るの 心懸け肝要なり。」
(その地位に相応しい人になることが大切である)
という言葉を思い出してしまいます。

その人のための《地位》ではなく、その地位に相応しい人に就いてもらうが民主主義選挙の原点のはずです。
民主主義選挙が長年続くと、少しづつ選挙そのものが劣化し《地位》のみの争奮戦になっていきます。
「民衆自身が賢く強くなければ民主主義は衆愚政治に変換されてしまう」と、アメリカ・韓国・フィリピンの大統領を見て思っています。
民主主義は常に進化させなければなりません。

もうひとつ心配なのは、最近、人が非常に煽られ易くなっていないかということ。
悪口や粗探しなどマイナスの情報に動かされ、まるで何百頭もの羊が一匹の牧羊犬に柵の中に追い込まれるように集団化して流されているように感じるのです。

「人が皆 善をなすなら、おのれ一人は悪をなせ。
人が皆 悪をなすなら、おのれ一人は善をなせ。」

このような言葉が『竜馬がゆく(司馬遼太郎著)』にありました。
これは、青年坂本龍馬が、時代の流れや周囲の評価・人間関係などに左右されないための、龍馬流の自己訓練だったのではないでしょうか。
自分の思想や哲学を持つことはなかなかできないことですが、龍馬のような独立独歩の人間がこれからの時代特に多数出現しなければならないのです。

例えが合っているかは解りませんが、2017年の世界情勢は日本の幕末のように思えます。
江戸幕府の体制を立て直そうと井伊直弼が大老となり強権を発動、これが幕末動乱の始まりとなり、明治維新によって日本は新しい明治国家を樹立しました。

今の世界は、資本主義経済と民主主義と自由主義がゆれ動いています。
人類・人間にとって新しい道が必要とされる時代になっているのではないでしょうか。

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